出雲大社の歩き方

縁結びで有名な出雲大社や出雲の魅力について語ります

出雲大社の御神体は正体不明!?謎解きのカギは伊勢にあり!?

出雲大社をはじめとする全国各地の神社には必ず神様の依り代が祀られています。

 

それは鏡であったり、刀であったりしますが、実は出雲大社の御神体は正体不明!!

 

でもそんな正体不明の御神体を見てしまった人も過去にいたのだとか。。。

今回はそんな出雲大社の御神体のミステリーに迫ります!

 

神社の御神体とは何?

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神社には必ず祈るべき対象があります。

それは神様が降りる為の依り代(よりしろ)とされるものです。

 

に降りる場合は神籬(ひもろぎ)または御神木(ごしんぼく)

に降りる場合は磐座(いわくら)または岩坂(いわさか)

に降りる場合は神奈備山(かんなびやま)

 

神社神道が成立する前はアニミズム(自然崇拝)であり、自然に存在するものに神の存在を見出し、信仰してきたのです。

 

神社神道が成立し、信仰の対象が神社になってからはお社の中に納まるサイズの依り代に代わっていきました。

 

つまり、鏡・刀・玉などですね。

これらは三種の神器とも言われており、一番メジャーな宝物です。

 

例えば伊勢神宮は八咫鏡(やたのかがみ)が御神体であり、熱田神宮は草薙剣(くさなぎのつるぎ)が御神体ですね。

 

 

 

出雲大社の御神体はどこにある?

出雲大社の創建年代は不詳であり、どの時代を切り取るかで、何を信仰していたのかというもの自体が変わってしまいます。

少し時代を区分けして解説してみますね。

 

原始的な信仰の対象は山だった

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出雲大社はその背後に八雲山、西に鶴山、東に亀山と三方を山に囲まれた要害の地に鎮座しています。

 

古代では南側に川が流れていたとされていますので、四方を守られていた神聖な場所であったことが分かっています。出雲大社境内の発掘調査でも、古墳時代の祭祀跡が発見されているそうです。

 

この時代では明らかに信仰の対象は自然に存在しているものだったはず。

御神体の候補として最有力候補は出雲大社の裏にある八雲山(やくもやま)でしょう。

 

八雲山は現在でも禁足地となっており、その麓には素鵞社(そがのやしろ)が鎮座しています。

 

神社の御神体は本殿にあり

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神社神道が成立して以来、神様をお祀りするのは本殿の中という事になりました。

ただしご神体がでかすぎる場合は神社には拝殿のみを作るケースもあります。

 

例えば大神神社のように、三輪山がご神体であるとか、

熊野那智大社の別宮のように、那智の滝がご神体であるとか。

 

出雲大社の場合は八雲山が祭祀の場所だったとはいえ、神社の境内にはちゃんと本殿が作られています。これは国譲り神話において、大国主命が要求した宮殿だからと見るべきでしょうか。

 

せっかく大国主命の為に造られた宮殿なのに、その中にいらっしゃらないと神話とつじつまがあいませんね。

 

ということで、大国主命の御神体は本殿の中にいらっしゃるということです。

 

 

 

出雲大社の御神体は何?

出雲大社の御神体は正体不明

 

なのだそうです。しかし、かつて色んな方々がご神体を伺い知ろうと頑張った記録が残っています。

 

左経記にみる御神体の正体

七宝で作った宝殿に七宝の筥(はこ)が安置されている

 

左経記とは平安時代に書かれた源経頼の日記です。この一説にある七宝とは一般的な解釈をすれば、金・銀・瑠璃・玻璃・硨磲・珊瑚・瑪瑙のことです。

 

そして安置されている筥そのものがご神体ではないかと迫っています。

 

 七宝で作られた宝殿というものは現在の出雲大社にはありませんし、どうやら平安時代

なかったようです。つまり、出雲大社の御神体が気になりすぎて、だいぶ脚色が入っているようですが、御神体が箱という説は否定することができないようです。

 

なぜなら、次にご紹介する出雲大社の宮司さんの証言が・・・

 

 

出雲大社宮司の証言

実は出雲大社の御神体は宮司さんですら見たことが無いようなのです。第82代宮司さんが書籍の中で仰っている事には。。

 

「御衾が丁重にかけられており、その中を伺い見ることはできない」

 

と仰っています。御衾とは平安時代の掛布団のような織物のこと。どんなものに御衾がかけられているのか・・・?左経記を参考にすると、箱の上に錦が掛けられているという感じでしょうか?

 

 何かしらの物を覆い隠されているということで、それはもしかしたら箱のようなものなのかもしれませんね。

 

 

雲陽秘事記にみる御神体の正体

九穴の鮑が鎮座し、大蛇に変化した

 

雲陽秘事記とは江戸時代に書かれた書物で、松江城主の松平直政から第6代宗衍(むねのぶ)までの130年を描いています。

 

この書物で見る所によると、出雲大社の御神体に興味を持った直政公が宮司の静止を振り切って本殿に入ったところ、化け物に遭遇したとする説です。

 

アワビがヘビに代わるとは中々ほかに無い表現ですよね。

九穴というのも謎です。

 

お殿様でも知りたい!出雲大社の御神体。。。

それでも結局、真実は闇の中なのです。。。

 

 

日本書紀にみる御神体の正体

日本書紀によると第10代 崇神天皇の時代、出雲大社にお祀りされている神宝が見たいと仰って、出雲へ使者を派遣なさいます。

 

当時の出雲大社の祭祀を行っていたのは、出雲大社宮司さんの祖先、出雲振根(いずものふるね)と弟の飯入根(いいいりね)。弟の飯入根が天皇の使者に対して、独断で出雲の宝物を献上した事がきっかけで、この弟は兄に殺され、兄は死刑になってしまいます。

 

その後、丹波の国で異変が起こります。

丹波の国に住んでいる幼子が奇妙な歌を歌っているというのです。その内容はとても子供の言葉とは思えない、神がかったものでした。

  

この時に子供が歌っていた内容には、「出雲の人が祀っていた鏡~」という言葉が含まれており、この噂を聞きつけた天皇は鏡をお祀りするようになったのだされています。

 

つまり出雲大社で祀られていたのはだった?

神宝が御神体と同義であれば、という前提はありますが。。。

 

伊勢神宮の御神体は鏡であるように、鏡とは天照大御神の事を暗示しています。

つまり、出雲大社では太陽信仰があったことが伺えますね。崇神天皇と言えば、宮中で祀られていた天照大御神を恐れ多いことだとして、宮殿から出して特別にお祀りをしたとされています。

 

第11代 垂仁天皇の時代にはその特別さがさらに進展し、伊勢神宮を建立するに至っています。

 

 

まとめ

結局、出雲大社の御神体は誰も見たことがない、正体不明の存在です。

昔から色々な人が「見てみたい!」と熱望しているにも関わらず、その夢はかないません。

 

唯一真実に迫った可能性があるのは、崇神天皇かもしれません。一度は出雲の神宝を手に入れたものの、特別なお祀りが必要であることが分かり、後宮中から出すことになっていきます。そして伊勢神宮へとつながっていった・・・?

 

伊勢と出雲の特別な関係があるとすれば、これもまた興味深いストーリーですよね!

この謎はさらに追いかけていきたいと思います。

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

皆様に良いご縁が結ばれますように!

【拝殿】出雲大社での縁結び祈願はここから!でも実は・・・

出雲大社の境内に入ると最初に目に留まる大きなお社をご紹介します。

 

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大しめ縄が見事な拝殿です。

 

出雲大社では御本殿と拝殿が離れているという珍しい建築様式をとっていますが、なんとこの拝殿他にも色々と面白いエピソードがあるのです。

 

お参りする前に、またはお参りした後のお宿での話題にどうぞ!

 

拝殿の別名は御仮殿!

この拝殿では古伝新嘗祭などの重要な祭祀が行われるだけでなく、60年に一度の遷宮の際には、本殿に祀られたご神体が遷されるのです!

 

遷宮中は拝殿が仮の本殿となるのです

 

そんな大事なお役目があるので、こんなに立派に造られているのですね。

ちなみに最初に目にする拝殿のしめ縄を見て、あれ?こんなに小さいしめ縄?

と思われた方は、ご注意ください!

 

たぶんお探しのしめ縄は神楽殿にありますよ!

www.izumo-enmusubi.com

 

出雲大社にいらっしゃった方のほとんどが、神楽殿の大しめ縄の写真を撮りたい!という方ですので、拝殿で何枚も写真を撮ってしまわないようにご注意を!

 

 

拝殿の場所は川の中だった

出雲大社境内の発掘調査により、本殿はその昔、超高層神殿だったことが確認されています。

 

地上48mの超高層神殿は現在の本殿の南側、つまり本殿と拝殿の丁度真ん中あたりにあったと言われています。

 

そしてこの超高層神殿が建っていた時代には、現在の拝殿のあたりで川が合流していたらしいのです。

 

出雲大社の西側には素鵞川(そがかわ)、東側には吉野川(よしのがわ)が流れています。

古代の超高層神殿はこの川の合流地点に建っており、川を隔てて参拝する様式だったと考えられます。

 

これは禊(みそぎ)の観点からも理に適っていますね。川や海で体の穢れ(けがれ)を落としてから参拝するというのが元々の作法です。

 

 

現在の拝殿のご由緒

現在の出雲大社の拝殿は昭和34年5月に完成。

その前の拝殿は・・というと、実は火事により焼失しているのです。

 

昭和28年5月に火の不始末が原因と思われる火事があり、拝殿や鑽火殿、庁舎が焼失したとのこと。その6年後、崇敬者の方の支援により総工費1億1千万円をかけて再建されました。

 

以下、建築の仕様を記載しておきます

設計 福山敏男博士

錺金具設計 東京芸術大学の山脇洋三・若林作司両教授

工事請負 伊藤平左衛門

建築様式 大社造と切妻造の折衷

建築面積 建坪485.10㎡(約147坪)、高さ12.9m

使用建材 木曾檜材の木造建築、

宇豆柱の礎石 愛知県の岡崎石(重量13トン)

 

 

まとめ

拝殿とは本殿にくっついているのが一般的ですが、出雲大社の場合は完全に独立した造りです。そしてよくある神社の本殿並みに立派な造り!

 

それは御仮殿という別の一面を持っているからですね。

 

そして古代には川の底だった場所です。ちょうど川がクロスしていた場所で拝礼を行うのは何か特別な意味がありそうですね。

 

最後に、大しめ縄の位置は間違わないようにしましょう!

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

皆様に良いご縁が結ばれますように!

 

 

出雲の神はなぜ祟る?神話に見えるその裏側とは!?

縁結びで有名な出雲大社ですが、実はもう一つの顔があります。

歴史好きの方や、都市伝説がお好きな方は一度は耳にされたことがあるのではないでしょうか?

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出雲の神は祟るという伝説

 

今回はこの祟りについてお伝えしていきたいと思います。

 

 

古事記に見る出雲の祟り

国譲りが成立して以降、出雲の神は何度も祟ります。それはどんな祟りだったのでしょうか?

 

 

第10代 崇神天皇の時代

大和国には天災や疫病が大流行

 

この不幸な現象がなぜ起きているのかを示す重大なイベントが起きます。なんと天皇の夢に大物主が登場。

 

「この混乱の原因は私である。大田田根子という男に私のお祀り事をさせなさい」とお告げになります。

 

つまり、お祀りの仕方について細かな指図をなさっているのですね。

祀り方を間違えれば祟るということでしょう。

 

そしてこの時、出雲の神(大物主)を三輪山にお祀りしたのでした。

 

 

第11代垂仁天皇の時代

垂仁天皇の御子が、言葉が話せなかった。

 

ある夜、垂仁天皇の夢枕に神様が託宣をお告げになりました。

「我が宮を天皇の宮殿のように立派にしたならば、御子は話せるようになる」

垂仁天皇は慌ててこの神がどなたなのかを、占いによってお調べになりました。

 

するとこれは出雲大神の祟りであると判明。

垂仁天皇は御子である本牟智和気(ホムチワケ)を出雲へ向かわせました。

 

出雲に到着した本牟智和気は現地のカミ、伎比佐加美高日子にもてなされます。

 食事を用意していたその時!

 

「この斐伊川の川下にある青葉の山は、山のように見えて山では無い。」

 

「もしかすると出雲の石硐(いわくま)の曽の宮に鎮座する大国主命の祭場だろうか?」

 

 大国主命の御霊を感じた本牟智和気は突然言葉を発したのです!

 そして、御子が言葉を発したという知らせは、大至急で垂仁天皇に伝えられます。

 

天皇は家臣に

出雲大神の宮を立派に造営するように」とお命じになりました。

 

 

なぜ出雲の神は祟るのか!?

約束を守っていないから

 

答えは簡単ですね。国を譲った出雲に対して、大和国はある約束をしていたのです。

 

天皇の宮殿と同じくらい立派な宮殿を建ててあげよう

 

もともとは日本国家を統治していた出雲国ですから、特別な敬意を払う約束だったはず。しかし、この約束が交わされたのは天皇が即位するずっと前の話。天孫降臨よりも前の話。

 

一体だれがこの約束をし、そして破ったのか。

 

古事記では建御雷(たけみかづち)、日本書紀では高皇産霊神(タカミムスビ)が約束したということになっています。

 

なぜ約束を守らないのか、これも全くの謎です。

 

古事記、日本書紀にはさらに不可解な記述があります。それは国を譲った出雲への度重なる攻撃。。

 

 

度重なる出雲への攻撃とは?

ヤマトタケルの攻撃

第12代 景行天皇の御子であるヤマトタケルは、父の命によりまだ従わない国を成敗して周っていました。

 

九州の熊襲(くまそ)を討伐した後、出雲に立ち寄ります。

 

別に命じられたわけではありませんでしたが、父への土産として。たくさんの戦果を挙げて帰れば父に認められると思ったのでしょうか。

 

出雲建(いずもたける)を討伐に向けて、まずは出雲建と友達になったヤマトタケル。一緒に沐浴に行こうと誘い、斐伊川に来ました。

 

腰に刷いていた刀をこっそり偽物と差し替えます。沐浴の最中突然切りかかってきたヤマトタケルに慌てて応戦する出雲建。しかしその偽物の件は抜くことができず、切り殺されてしまいました。

 

この神話が示す謎は。。

なぜ国を譲った後も出雲は攻められているのか?

 

 

出雲の神宝を奪おうとした

日本書紀によると第10代崇神天皇の時代、

「出雲大社には高天原から下った神宝が保管されているはずだ。それが見てみたい。」

 

と天皇が仰るので、使者が派遣されました。

当時出雲大社の祭祀を務めていたのは第11代宮司の出雲振根(いずものふるね)。

 

しかし彼は留守をしており、弟の飯入根(いいいりね)が応対し、

独断で神宝を天皇に献上してしまいます。

 

帰ってきた振根は激怒し、弟をだまし討ちの末、切り殺してしまいます。

そして、その事件は朝廷に伝わり、結局は振根も処刑されてしまいます。

 

その後しばらく出雲大社のお祀り事は止まってしまいました。。。

 

すると異変が起こります。

 

丹波の国に住んでいる幼子が奇妙な歌を歌っているというのです。その内容はとても子供の言葉とは思えない、神がかったものでした。

 

 

この時に子供が歌っていた内容には、「出雲の人が祀っていた鏡~」という言葉が含まれており、この噂を聞きつけた天皇は鏡をお祀りするようになったのだされています。

 

つまり出雲大社で祀られていたのは鏡だった?

 

 

お話が横道にそれましたが、この神話が示す謎は、

出雲大社のお祀りが止まると異変が起こる

ということでしょうか。

 

崇神天皇の御代には大物主の祟りも起きているのに、さらにこんな事件で祟りが重なって・・・

 

まとめ

記紀では出雲は戦う事無く国を譲ったとあり、全て平和的な建国が進んだという解釈がされている一方で、度々起こっている出雲への攻撃。

 

そして必ず現れる祟り。

 

そのたびに出雲に立派なお社を建てると約束したり、出雲に縁のある方を呼び出してお祀りをさせたり。。。

 

出雲には天下人を魅了する何かがあるのでしょうか?

 

いずれにしても出雲大社は出雲の人がお祀りしないと、大変な事が起きるのでしょう。それだけ強大な力を持った大国主命をないがしろにしてはいけない、ということでしょうか。

 

皆様も出雲大社に参拝されたら、大国主命のパワーを感じてみてくださいね。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

皆様に良いご縁が結ばれますように!

 

 

 

 

【鷹日神社】大和の国のピンチを救った白鷹様の正体とは?

出雲大社から東へ45㎞、とっても不思議な神話を秘めた神社があります。

 

それが今回ご紹介する、鷹日神社(たかひじんじゃ)です。

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住宅街に突然出現する社殿に圧倒されますが、そのご由緒も大変興味深いものがあります。

 

観光地としてはメジャーではありませんが、出雲の旅が初めてではないセミプロの皆様!笑

 

ぜひ出雲にしか伝わっていない神話を学んでみてくださいね。

 

 

鷹日神社のご祭神

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ご祭神

高皇産霊神(たかみむすび)

大日霊女貴神(おおひるめむちのかみ)

素戔嗚神(すさのおのかみ)

宇迦之魂神(うかのみたまのかみ)

 

御同座の神

鷹日道祖神(たかひどうそじん)

 

オオヒルメとは天照大御神(アマテラス)のこと。タカミムスビとはアマテラスの祖先神にあたり、イザナギ・イザナミよりも前、神様が初めてこの宇宙に誕生した際に生まれた神様。

 

特に大和王権へのご加護が篤く、出雲の国譲りを指示したり、初代神武天皇が即位する過程で託宣を下したり。。

 

大和の国づくりに大きな影響力を持った神様です。

 

この神にスサノオとその御子であるウカノミタマ(稲荷神)が加えられているのは謎です。

 

鷹日道祖神

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道祖神とは道の神様。出雲の田舎道を通ると、必ず道が交差する場所では道祖神がいらっしゃいます。

 

昔は村の家々に災いが入ってこないように、村につながる道や、分かれ道ごとに道祖神を置いて守護としたのだそうです。

 

そしてこの道祖神を出雲では、岐戸ノ神(くなとのかみ)とお呼びしています。

 

出雲の国ゆずりに大変貢献した神とあり、古事記にはイザナギが黄泉の国から逃げかえる際に誕生した神とあり、

 

日本書紀には国譲り神話において、「国譲りに納得していない神々を成敗してまわった際に貢献した」とあります。出雲大社では境外摂社にお祀りされています。

 

つまり道案内をしたという事ですが、このことから古事記においては天孫降臨の際に道案内をした猿田彦命(サルタヒコ)と同一視されるようになりました。

 

出雲ではクナトとサルタヒコは必ずしも同じ神とはされていません。

 

 

鷹日神社のご由緒

謎の鷹伝説とは!?

天智天皇の御代、夏に日照り続きで農民は稲が育たず困窮していました。

 

とある日、そんな困っている諸国を視察していた天智天皇は、その夜に夢を見ます。

 

その夢とは、

白鷹が良く実った稲穂を口に咥えて舞い降りてきたというもの。

 

天皇は白鷹に「どこから来たのか?」と問うと、

 

「出雲の国、意宇の郡より来た」と答えます。

 

そして天皇が夢から目覚めると、、、

 

外は雨!

この雨のおかげで無事に稲穂が育ち、万民は救われたのです。

 

天皇は大変喜び、これは天照大御神のお助けだ!と思い、出雲の国に使者を出し、この鷹をお探しになります。

 

すると、高皇産霊神の使神である白鷹がこの神社の森にいるのを発見!

 

天皇は同年の秋(661年9月11日)、社殿を新しく造り、天照大御神の御神霊をお祀りになったとあります。

 

白鷹とはどんな存在なのか!?

天皇の使者が白鷹を探してこの地に着いた時、すでに高皇産霊神を祀る神社があったことを示唆しています。

 

出雲では高皇産霊神を主催神とする神社はあまり多くないように思います。

 

高皇産霊神はどうしても大和側の印象が強いです。

つまり、大和の神様が大和の天皇に使いを出したというようなストーリーに聞こえてしまいます。

 

 ちなみに神社の御由緒にある西暦661年というと、朝鮮半島で百済が滅び、日本は百済再興を目指して出兵。

 

その結果、唐と新羅の連合軍に大敗します。。これは白村江の戦いと呼ばれていますが、そんな大変な時期に稲穂が実らないという大ピンチだったことになります。

 

大ピンチを助けた白鷹とは、一体何の暗示なのでしょう・・・

 

 

鷹日神社の摂社

春日神社

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八幡宮

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狐守荒神

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荒神とあるのに、キツネさんが鎮座・・・

 

その他の摂社

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写真向かって右手から

  1. 和田津見神社・舩玉神社
  2. 笠祖神社・金毘羅宮
  3. 今宮社・厳島神社

いずれも海や水に関わる神様に見えます。

 

 

鷹日神社へのアクセス

 松江駅から竹矢方面行バスに乗車後、鷹日神社前で下車。約15分程度で到着します。

 

出雲大社からは車で約1時間です。

 

 

まとめ

出雲と大和の不思議な関わりを示す御由緒が非常にミステリアスな神社です。

 

祀られている神様も、主祭神は大和系で固められているにも拘らず、クナトやスサノオなどの出雲系の神様の影・・・

 

もともとはどんな信仰があった場所なのか、非常に興味深いものがあります。

 

ぜひご参拝いただき、お確かめください。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます!

皆様に素敵なご縁が結ばれますように!

出雲大社の大しめ縄の場所はここ!観光客によくある間違いとは?

出雲大社への参拝で、観光客の方がとっても楽しみにしている事とは、縁結び祈願はもちろんですが、

 

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やはり大しめ縄を写真に撮る事!

 

 

これだけ大きいしめ縄ですから、こだわりの写真をツイッターやインスタにアップしたいですよね!?

 

でもお気をつけください!

 

この大しめ縄、出雲大社の境内には無いのです!!

 

弾丸ツアーなどでガイドがないまま参拝されると、大変な失敗をしてしまう可能性があります。。

 

せっかくの参拝ですから、お間違えの無いように、ぜひこの記事を読んでから参拝なさってください!

 

大しめ縄は神楽殿にある 

 

一般的な神楽殿は神社の境内に位置していますが、出雲大社の神楽殿は違います。

 

出雲大社の西側の門を出ると、素鵞川を渡り、隣の敷地となります。

 

この神楽殿はいわゆる神社神道における社殿ではなく、出雲大社教の神殿です。

 

出雲大社教とは!? 

出雲大社教とは出雲大社の信仰を広めるために組織された宗教法人です。

 

この神楽殿は千家国造家(出雲大社の宮司家)の大広間であり、出雲大社教のお祀りを行う施設です。

 

こうした宮司家の私的な施設であるがゆえに、神楽殿の裏手には宮司家の祖先神をお祀りする祖霊社が並びます。

 

ちなみに日本全国にある出雲大社の分詞や分社というのは、この出雲大社教の神殿です。

 

神社としての出雲大社の分社ではありません。

ご由緒などをよく読まれると、出雲大社教の事が書かれています。

 

出雲大社のしめ縄の大きさ

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長さ13m   重さ5.2t

 

数年に一度新しいしめ縄へと懸け替えられます。

出雲大社の遷宮は60年に一度ですが、この大しめ縄は5~6年に一度交換されます。

 

現在の大しめ縄は2018年7月に懸けられたもの。

 

 

大しめ縄はどうやって作られている?

この巨大な日本一の大しめ縄は、出雲大社から南へ60㎞の飯南町という町で作られています。

 

なんと1,000人を超える町民の手によって、1年以上の歳月をかけて制作されます。

 

【制作工程1】まずは稲藁を育てるところから

大しめ縄の懸け替えが決定されると、まずは稲の田植えから行われます。

 

稲藁は赤穂餅というもち米の品種が採用され、これを使うと色艶が美しいのだとか。

 

昼夜の寒暖差が大きい飯南町では、稲がしっかりと美味しく育つ土地。栄養である脂質をたっぷりと蓄えた稲はしなやかで強く育ちます。

 

 

【製作工程2】吊り木を伐りだす

しめ縄を吊るす吊り木も、4.5tの重量に耐えるものでなくてはいけません。

 

そして反りがなく、美しさも必要。

 

今回は飯南町産、樹齢150年の檜(ひのき)が選ばれました。

 

 

【製作工程3】藁を編む

職人(飯南町のおじいさん・おばあさん)たちによって、丁寧に編まれていきます。

 

1年の歳月をかけて編まれるしめ縄は、職人たちでも持ち上げられないほどの重さになります。

 

最後にはクレーンなどの重機を使って、力強く締めあげられます。

 

制作中の写真などは著作権の関係で掲載できませんので、もっと詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください!

 

 

しめ縄づくりの体験ができる大しめ縄創作館

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※画像引用:大しめ縄創作館公式サイト

 

なんと、飯南町にはしめ縄づくりを体験できる施設があります!しかも出雲大社の大しめ縄を制作しているチームが運営している施設!

 

予約なしで体験できる初級コースから、神棚に取りつけするサイズを作る中級コース、

 

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大黒締め

本格的な大黒締めを指導してもらえる上級コースがあります。

上級コースは事前予約が必要で、時間も90分程度掛かります。

 

 

しめ縄づくり料金表

  1. 初級コース 880円
  2. 中級コース 2,000円
  3. 上級コース 5,000円

 

上級コースだけは事前予約が必要です。

ホームページのお問合せフォームか、お電話、メールにて予約しましょう。

 

電話番号  0854-72-1017

MAIL  shimenawa@iinan-net.jp

お問合せフォーム

営業時間 am10:00~17:00

 

大しめ縄創作館へのアクセス

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道の駅頓原の隣にあります。高速バスなどでも行けますが、観光ついでに寄るにはマイカーかレンタカーが便利です。

 

 

施設名 飯南町大しめなわ創作館
所在地 島根県飯石郡飯南町花栗54-2番地
電話番号 0854-72-1017

 

出雲大社からは車で約1時間です。

 

まとめ

せっかく出雲大社にお越しになったからには、お間違えなく大しめ縄に出会っていただきたいです。

 

大しめ縄は神楽殿にあり!

 

そして大しめ縄に興味を持たれた方は、製作元の本拠地である飯南町に行ってみてくださいね。

 

自分で作ったしめ縄という素敵なお土産が出来上がります!

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

皆様に素敵なご縁が結ばれますように!

出雲大社の裏技的な参拝方法?大国主命に正面からご挨拶しよう!

出雲大社の御本殿にお祀りされている大国主命(おおくにぬしのみこと)は、縁結びの神様として有名ですよね。

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毎日、全国から世界から、そのご利益をいただこうと参拝者が絶えません。

 

しかし、どんなにお祈りを捧げても、その祈りは届きにくいという問題があります。

 

なぜなら大国主命は参拝者に対して横を向いているのです。

 

せっかくのお祈りが大国主命に届くように、正しい参拝方法をご紹介します!

 

 

西側の遥拝所から拝礼する

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大国主命が西を向いているという事がどういう訳か有名になっており、

 

西側から拝礼する方が増えました。

 

出雲大社ではこうした参拝者のニーズにこたえるべく、西側の遥拝所を設置されました。

 

上の写真で、立て看板の横にあるのはお賽銭箱です。

 

この位置から拝礼すると、ちょうど大国主命の正面になります。

つまり、真正面から祈りをささげる事ができるのです。

 

注意したい参拝の順序

西から拝んで終了!ではなく、神社の正しい参拝順序を踏まえてお参りしましょう!

 

正しいお参りの順序とは

  1. 拝殿で拝礼
  2. 本殿正面から拝礼
  3. 西側の遥拝所から拝礼

 

突然正面から拝礼するのは失礼にあたります。

 

願いを聞いて欲しいばかりに、突然正面に立つというのはある意味合理的に見えますが、

 

神社の参拝で大事なのはご利益をいただくことではなく、日ごろの感謝を届けることです。

 

まずはこれまでのご縁に感謝を申し上げ、その上で、これからのご縁をお願いしましょう。

 

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そういった意味で、まずは拝殿(遠いところ)からご挨拶。ごめんくださーいという感じ。

 

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次に隣に立って、本殿正面(大国主命に対しては横から)軽くご挨拶。

 

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最後に正面に立って、直接ご挨拶。

 

 

大国主命はなぜ西を向いている?

これには諸説ありますが、代表的なのは下記4点です。

  1. 背後の父神に背を向けないようにしている
  2. 稲佐の浜を向いている
  3. 伊勢神宮に背を向けている
  4. 建築様式の問題

 

素鵞社に背を向けないため説

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素鵞社には義父である素戔嗚尊(スサノオ)が祀られています。

 

スサノオの娘である須勢理姫(スセリヒメ)は大国主命の正妻です。

つまり大国主命にとってスサノオは義父にあたります。

 

そんな大事な祖神様に背を向けないように、参拝者にも背を向ける訳にもいかないので横を向いているのだとか。

 

この説は義父に気を遣うお婿さんの心理をうまく表現していますよね。

 

 

稲佐の浜を向いている説

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神在月(かみありづき)に八百万の神々が出雲に集まります。

 

その際に神様が到着されるのは稲佐の浜という海岸。

この稲佐の浜は出雲大社の西方に位置しています。

 

つまり、大国主命はこの神様をお迎えするために西を向いているのだとか。

 

全国からいらっしゃった神様を主が自らお迎えする。これはすごく理に適った説ですね。

 

伊勢神宮に背を向けている説

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※画像引用:伊勢神宮公式サイト

 

国譲り神話に見えるように、出雲の国は天照大御神に国を献上しました。

 

古事記では戦争などはなく、平和的に国を譲渡したとありますが。。

 

実際には大国主命が、まだちょっと怒っているとか、あんまり納得してないとか。

あろうことか恨んでいるとか。

 

それで天照大御神が祀られている伊勢神宮に対して、あるいは大和朝廷に対して背を向けているとする説です。

 

これは都市伝説みたいな感じですね。

 

建築様式の問題とする説

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出雲大社の御本殿は大社造(たいしゃづくり)という建築様式です。

 

これは伊勢神宮の神明造と並ぶ、日本最古の建築様式なのですが、

 

米倉庫から発展した神明造とは違い、王の宮殿に採用されていたのが大社造なのだと言われています。

 

  1. 妻入の屋根
  2. 入り口が真ん中ではなく端っこについている
  3. 内部にパーティションがあり、個室がある

 

これらの特徴は住居に向いていると言えます。

妻入の屋根は玄関を通る時に雨しづくが掛かるのを防いでくれますし、入り口が真ん中では部屋内にデッドスペースが多くなってしまいます。

 

パーティションがあるのは寝室などのプライベート空間を作るため。

 

このように考えると、大国主命がいらっしゃる場所は寝室にあたります。

 

つまり王は宮殿でお休みになっていると考えられます。

寝室にいらっしゃると、構造上仕方なく西を向いてしまいます。

 

私はこの説が一番正しそうだなと感じます。みなさんはいかがでしょうか?

 

 

まとめ

西を向いている大国主命にお願いをするには、正しい順序で参拝し、最後には西から拝礼しましょう。

 

くれぐれも王の宮殿に対して、突然裏口から呼びかけるような無礼をしないようにお気をつけくださいね!

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

皆様に良いご縁が結ばれますように!

 

 

 

【乙見社】女子旅に最適!美の女神を祀る神社!

出雲大社の境外摂社の乙見社(おとみのやしろ)

 

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美を追求する女性にはぜひご参拝いただきたい神社です。

 

出雲大社からは徒歩10分くらいかかりますが、せっかく出雲大社に来たのなら、ぜひ!

 

謎そんなにおすすめするのかと言うと、

美の女神様だから!

 

反応した女子旅の貴女!

早速ご紹介しますね!

 

乙見社の御祭神

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高比売命(たかひめのみこと)

 

又の名を下照姫(したてるひめ)と仰います。

 

この女神は出雲大社の御祭神、大国主命の娘。

 

つまり出雲の王族の方であり、その名前が意味するところは、

 

あまりの美しさに、

下界を照らす光のようだった

 

という称号なのです。

 

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もうね、並みの男じゃ腰抜かすレベル。

ガクガクきてしまう感じ。

 

どうですか?

あやかりたいですよね!笑

 

 

下照姫にまつわる神話

神話に見える下照姫の美貌!?

猛威を振るったヤマタノオロチをスサノオが退治して以降、

 

出雲の国はオオクニヌシが治めていました。

 

国土を広げ、国力が強くなってきた頃、アマテラスから使者が届きます。

 

この出雲の国は、本来はアマテラスが治める国である!と。

 

 

いわゆる国譲り神話(くにゆずり)ですね。

 

最初に遣わされた使者はアメノホヒ。

彼はオオクニヌシに惹かれ、オオクニヌシの家臣になってしまいます。

 

2度目に遣わされた使者は、アメノワカヒコ。

彼はなんと!

 

オオクニヌシの娘、下照姫に惚れてしまい、

仕事を忘れてしまいました。

 

そしてさらに、アマテラスに反逆し、処刑されてしまうのでした。。

 

男を骨抜きにし、戦意喪失させるとは!

何たる罪な女!

 

ちなみに最初の使者、アメノホヒは

現在の出雲大社の宮司さんの家系です。

 

 

乙見社の本殿

社殿について

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出雲大社と同じ大社造、または春日造というところ。

 

千木は出雲系の男千木

 

社殿は東南東を向いています。

 

出雲大社の大国主命が西を向いているのに対し、反対側を向いておられます。

 

若干南に寄った東南東。

そばに流れる川と同じよな向きに見えますが、、その目線の先には何があるのでしょう?

 

その目線の先にはなんと!

もう一つの乙見神社があるのです!!

 

さらに!

お隣の大田市にも乙見神社が!!

何でしょうこの三角形は。。

 

これはまた次回に調査レポートをいたします!

 

 乙見社の謎の別名

別名: 大穴持御子玉江神社

おおなもちのみこのたまえのかみのやしろ

 

オオナモチというのはオオクニヌシの別名です。

 

すなわち「おおなもちのみこ」というのは大国主の娘ということなのですが、

 

問題はその次の「たまえのかみ」というのが謎。

 

これについても引き続き調査してみようと思います。

 

乙見社へのアクセス

 

 出雲大社の参道入り口である勢溜から、歩いて11分程度。

駐車場などはありません。

 

人通りが少ない場所なので、乙見社の前の道路に車を停める事は可能ではありますが、、

 

細い道ですので、徒歩がお勧めです。

 

古代出雲歴史博物館か、みせん広場駐車場に車を停めるとより近いです。

 

下照姫を祀る他の神社

実は下照姫を祀る神社は、出雲にはたくさんあります。

 

それだけスゴイ女神様だったのでしょう。

 

その中でも格別にすごいところをご紹介しておきます。公共交通機関では行くことができない神社です。

 

その名も内神社(うちじんじゃ)、別名を高野宮と言います。

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内神社

高比売様をお祀りしているから高野宮というのです。

 

レンタカーもしくはマイカーで参拝しましょう。

 

詳しくはこの記事をご覧ください。 

www.izumo-enmusubi.com

 

 

まとめ

いかがでしょうか?

謎多き下照姫様。神話に語り継がれる程の美貌があれば、貴女ならどんな人生を歩んでみたいですか?

 

女子旅で出雲を訪れた方は、ぜひ参拝してみてください。

 

そのエネルギーを感じた時に、どのような感覚になるのか!?ぜひ体感してみてくださいね。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます!

女性の皆様に素敵なご縁が結ばれますように!

出雲大社の周辺駐車場おすすめランキング!

新幹線や高速道路が発達していない出雲は、どうしてもマイカーでの観光が便利!

 

しかし、全国から参拝者が絶えない出雲大社では駐車場のセレクトを間違うと、なかなか車を停められず、右往左往することに。。。

 

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そんな旅での時間ロスを無くすために、マイカーでお越しの方はぜひ駐車場をチェックしておきましょう!

 

出雲大社の駐車場おすすめランキング!

勢溜までのアクセス距離ランキング!(観光向け)

初めて出雲大社へお越しになった方!正式な参道を歩いて、出雲大社を満喫したい方!

 

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勢溜(せいだまり)

 

参道のスタート地点となる勢溜(せいだまり)に一番近い順に並べたランキングがこちら!

 

  1. 神門通り交通広場(60台)   ・・・3分
  2. かめやま広場駐車場(100台) ・・・3分
  3. 出雲大社第2駐車場(360台)  ・・・5分
  4. 古代出雲歴史博物館(244台) ・・・5分
  5. 出雲大社大駐車場(385台)  ・・・7分
  6. 出雲教駐車場(120台)         ・・・8分
  7. みせん広場駐車場(111台)   ・・・8分
  8. うらら館駐車場(175台)   ・・・9分
  9. ご縁広場駐車場(180台)     ・・・11分
  10. 旧大社駅(150台)        ・・・15分
  11. 稲佐の浜駐車場(50台)     ・・・19分

 

駐車場名をクリックするとGoogleMapにリンクします。

 

勢溜の前に広がる神門通りは、おみやげ物屋さんも多く、初めて来た方にはおすすめ!

 

 

 

 

勢溜から参道を歩いていくと、全国的にも珍しい下り参道や、

 

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下り参道

 

祓社(はらえのやしろ)できちんと気を整えてから参拝することができます。

 

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祓社(はらえのやしろ)

 

 

まとめ地図を作成しましたのでご活用ください。

 

 

本殿までのアクセスランキング(急いでいる人向け)

車を停めてから出雲大社境内への歩く距離をとにかく短くしたい!という方におすすめなランキングです。

 

ちなみに参道を無視し、細かな作法は置いといて、最短距離で本殿まで歩いた場合のランキングになっています!

 

 何度も出雲大社に来たことがある方や、地元民におすすめ。お参りだけささっと済ませて帰るスタイルにおすすめ!

 

  1. 出雲大社大駐車場(385台)  ・・・1分
  2. 出雲教駐車場(120台)    ・・・2分
  3. 出雲大社第2駐車場(360台)   ・・・4分
  4. かめやま広場駐車場(100台) ・・・5分
  5. 古代出雲歴史博物館(244台) ・・・6分
  6. 神門通り交通広場(60台)  ・・・10分
  7. みせん広場駐車場(111台)   ・・・11分
  8. 稲佐の浜駐車場(50台)     ・・・15分
  9. うらら館駐車場(175台)  ・・・19分
  10. ご縁広場駐車場(180台)   ・・・20分
  11. 旧大社駅(150台)              ・・・25分

  

 

 

有料駐車場の情報

十分広い駐車場があるとはいえ、何か大きなイベントがあると、当然ですが早い者勝ちになりますよね。。

 

もうお金を払ってでも、スムーズに事を運びたい!という方におすすめな有料駐車場をご案内します!

 

アップルパーク出雲大社前第1

なんと勢溜まで徒歩1分!

出雲大社周辺駐車場で一番の好立地なのです!

 

50台程度駐車可能

60分 300円

※以降60分ごとに200円で、24時間停めても600円

  

 

もしかしたら一番おすすめかもしれない。。

無料駐車場の空きを待つくらいだったら、真っ先にここに停めるのもいい作戦ですね。

 

 

しんもんパーキング(調査中)

2019年にできたばかりの有料駐車場。神門横丁の真向かいです。

 

神門通りまでは徒歩4分となりますが、神門通りをショッピングしながら歩くことができます。 

 

駐車可能台数は調査中

60分 300円

※以降60分ごとに200円で、24時間停めても600円

  

 

まとめ

どんな参拝の仕方をするかによって、おすすめする駐車場が違います。

 

とはいえ、共通して言える事は、初めて来た方が停める駐車場を外した方が、すぐに停められる確率が高いです。

 

大渋滞しがちな駐車場は3つ。

出雲大社大駐車場と出雲大社第2駐車場と神門通り交通広場です。

 

出雲大社大駐車場は観光バスが出入りするため、渋滞になることがしばしば。

 

第2駐車場は空いていても、渋滞に巻き込まれる事があります。

 

神門通り交通広場は朝一番か夕方にならないと停められないと思っておかれた方がいいです。

 

本殿に適度に近い無料駐車場の穴場は、かめやま広場駐車場、古代出雲歴史博物館です。

 

有料でも良い方はアップルパーク出雲大社第1に停めましょう。

 

早い者勝ちの駐車場とはいえ、旅行の際は余裕をもって移動してくださいね。

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます!

皆様に素敵なご縁が結ばれますように!

 

愛宕さんと秋葉さんって?西と東の火の神、あなたはどっち派?

全国に展開する火の神様をお祀りしている神社、愛宕さんと秋葉さん。

 

皆様の住んでいる町にもきっとありますよね?

 

秋葉神社はなんと神社本庁に登録されている神社だけで400社。

 

それ以外を合わせるとざっと900社くらいは存在しているらしいです。

 

そしてさらに愛宕神社も同程度存在しているらしいのです!

 

まさに老舗の全国チェーン神社なのです。その店舗数約2,000店!

 

なぜこれほどまでに全国で信仰されているのか?

 

もともとどんな神社だったのか、これが分かると身近なお祀り事にも納得!

 

ぜひ一緒に学んでいきましょう!

 

愛宕さんと秋葉さんのルーツとは?

愛宕神社の総本社は

京都右京区にある愛宕神社

現在のご祭神は

迦遇槌命(カグツチ)

 

秋葉神社の総本社は静岡県浜松市の

秋葉山本宮 秋葉神社

現在のご祭神は

火之迦具土大神(ヒノカグツチ)

 

 

字は違えど、どちらにもカグツチという音が見えます。

 

古事記でいうところの火の神様ということで共通しています。

 

 

火の神様ヒノカグツチとは?

 この神様はイザナギ・イザナミの御子であり、その子孫には雷神・水神など様々な神様がいらっしゃいます。

 

なかでも一番有名なのは建御雷(たけみかづち)です。

 

この神様は出雲に国譲りを迫ったことで有名ですね。くわしくはこちらの記事をご参照ください。

 

ちなみに火之迦具土はイザナミが最後に産んだ神。

 

火の神様を産んでしまったことでイザナミは大やけどを負って亡くなってしまいます。

 

妻を失ったイザナギは大変怒り、十拳剣(とつかのつるぎ)で火之迦具土を切り殺してしまいます。

 

火之迦具土の遺体や飛び散った血からそれぞれ神が生じたという伝承が残っています。

 

御子である雷神や水神は、婚姻によって産まれたのではないというのも不思議なお話です。

 

 

愛宕神社が全国展開した理由

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※画像引用:愛宕神社公式サイト

 

もともと愛宕神社にお祀りされていたのは愛宕権現。

 

権現とは仏様が仮の姿で現れる時のお名前。

 

仏教が伝来してきた時代、神と仏を同一の存在とみなす神仏習合の思想によって、

 

勝軍地蔵(しょうぐんじぞう)という仏様がイザナミ権現として現れると考えられていました。

 

つまり愛宕権現とはイザナミのこと。

 

しかしその後、御子であるカグツチも祀られるようになっていきました。

 

愛宕山の山頂にあったことから、古くは山岳修行に明け暮れた修験者にとっての霊場として栄え、

 

また、本地仏(本来の姿)である勝軍地蔵は、戦国期には自軍を勝利に導く神として武家からの信仰を集めたそうです。

 

その後、明治初期の神仏分離令によって、仏様は追い出され、カグツチが残り、神社となっていったのです。

 

 

愛宕神社の特別なご利益

愛宕の三つ参りと言われ、3歳までに参拝すると一生火事に遭わないとされています。

 

また、7月31日から8月1日未明にかけて参拝すると千日分のご利益があるのだとか!

 

 

愛宕神社の特別なご利益アイテム

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※画像引用:愛宕神社公式サイト

火迺要慎(ひのようじん)

 

と書かれた愛宕神社のお札はご利益が非常に分かりやすく書かれていますね。

 

この知って得する参拝システムは、古い神社神道にない、画期的なものでした。

 

そしてあっという間に人気が出て、全国展開となったのでしょう。

 

 

秋葉神社が全国展開した理由

※画像引用:本宮秋葉神社公式サイト

 

もともと秋葉神社にお祀りされていたのは秋葉権現。

 

秋葉山の山頂にあった秋葉神社は、愛宕神社と同じように修験道との関りが強く、

 

秋葉権現は後に三尺坊天狗と同一視されるようになりました。

 

三尺坊天狗とは、山で修行していた三尺坊という方が、修行の結果 神通力(じんつうりき)を体得し、

 

生きながらにして天狗へと進化したと言われる伝説です。

 

天狗には「天狗火」と言われる神通力があり、火を操る存在とされていたようです。

 

このことから火伏の神様となっていったのでしょうか?

 

江戸時代には秋葉信仰が強まり、秋葉大権現を乗せた御神輿(おみこし)が東海道を江戸と京都へ進んでいったそうです。

 

12月15日~16日には秋葉の火祭りが行われます。

 

 

秋葉原の地名由来となった

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神社に関心のない方に「秋葉」とは「アキバ」ではないでしょうか?

 

そう、世界に誇る電気街、アキハバラですよね!?

 

じつは明治時代の東京大火の際に政府が建立した鎮火社(火を霊的に治めるためのお社)に、

 

民衆が秋葉信仰を重ねたことで秋葉神社となっていったのです。

 

そして、火事の延焼防止の為に設けられた空き地が秋葉の原と呼ばれ、現在の地名につながっていったそうです。

 

ということは本来アキバハラ?

  

 

まとめ

西の愛宕さん、東の秋葉さんと分類すると覚えやすいかもしれません。

 

西の愛宕さんは商売上手で便利アイテムもゲットできます。

 

東の秋葉さんは霊験あらたかな天狗様。

 

どちらも火の神様を祀る点で、火事が絶えなかった昔の町には、国民にとってとても大事な信仰だったのでしょう。

 

現在では火の神様よりも恋愛やお金の神様が重視される傾向がある事を見ると、

 

世の中はずいぶん豊かになったのだな~と遥かな気持ちになりますね。

 

ぜひあなたの町の火の神様を探してみてください。

 

案外と愛宕山とか、秋葉山とかいう山があったり、地名になっていたりもします。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

皆様に良いご縁が結ばれますように!