出雲大社の歩き方

縁結びで有名な出雲大社や出雲の魅力について語ります

【令和の大嘗祭】本当の天皇即位はここ!大嘗祭の意味を知っておこう!

新天皇陛下が即位され、時代は令和となりました。

 

しかし、天皇陛下が真の意味で天皇となられるために大事な大事なイベントがあるのです。

 

それが今回ご紹介する

大嘗祭(だいじょうさい)なのです。

 

天皇とは一体なんなのか?

 

第二次大戦後のいわゆる「戦後教育」によって、天皇に関する情報を流す事が禁じられて以降、

 

国民は天皇の事を詳しく知らないようになりました。

 

天皇とは何か?を知ると日本人とは何かも見えてきます。

 

一生のうち何度も経験できるわけではありませんので、

 

令和の御代替わりの大イベント、大嘗祭について学んでみましょう!

 

令和の大嘗祭はいつ行われる?

2019年11月14日(木)から

 

もちろん宮中祭祀ですから、一般の方が参加できるものではありません。

 

ですから、どんなことを行うのか、全くの非公開です。

 

どんな意味があるのか非常に分かりづらいですよね。

 

ということで、以下に説明をしていきます。

 

ちなみにこの日、出雲大社では神在月の大事な神事が終わったあたりです。

 

神様は佐太神社でお墓参りや、万九千神社に滞在している頃。

 

 

大嘗祭とは一体何なのか?

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※写真引用:神社本庁ホームページ

 

大嘗祭の定義

新天皇が即位した時に最初に行われる新嘗祭のこと

新嘗祭と天皇の継承を行う儀式です

 

毎年秋に行われる新嘗祭(にいなめさい)とは豊作に感謝するお祭です。

 

一方で春には豊作を願う祈年祭(きねんさい)が行われます。

 

これらは天皇陛下の祈りの中でも特別に大事にされているお祭りです。

 

稲の出来栄えは国民の命に係わる一大事。

 

現代の日本では輸入米やほかの食べ物も多数あるので、こうした意識は薄くなったかもしれませんが。

 

この大事なお祭りが終わるまで、天皇陛下をはじめ皇室の方々は新米を口にされることはありません

 

まずは神様にお供えしてから!という事なのでしょう。それだけ国民とは意識が違います。

 

特に新天皇即位の時だけは、いつもよりも盛大に新嘗祭を行うのが習わし。

 

それが大嘗祭なのです。

 

 

皇室行事としての最大イベント

ここで大事なポイント!

天皇陛下が行われるお仕事には大きく分けて2つの種類があります。

 

  1. 日本国憲法に規定された国事行為
  2. 皇室独自の活動

 

国事行為の例

・内閣総理大臣の任命

・国会召集

・外国の大使をもてなす

・儀式を行う

 

これはほんの一例ですが、最初の方は政治色・外交色の強いものばかりですよね。

 

最後の儀式を行うというものの中に、実は2019年5月に国民が大注目していた三種の神器の継承式や、10月に予定されている即位礼とパレードが含まれているのです!

 

皇室独自の活動の例

・宮中祭祀(この日は国民は祝日)

・各国の慰問や慰霊

・大嘗祭や新嘗祭などの特別なお祭り

 

つまり、大嘗祭は本来皇室の行事であり、政府が口を出すものではありません。

 

この大嘗祭を行って初めて、天皇の継承が完了するのです。非常に大事なイベントですよね!

 

 

大嘗祭の準備 

斎田点定の儀(さいでんてんていのぎ)

 

全国からたくさんの神饌(神様にお供えするもの)が届きますが、一番大事なのはお米!

 

大嘗祭に使われるお米は抽選によって決まります。

 

その2つの田んぼを悠紀田(ゆきでん)と主基田(すきでん)と呼びます。

 

この大変名誉な当選は、それ以降のお米の売れ行きやブランド力に影響するのでしょうが、

 

お金やロビー活動で決まらない点が日本らしい!あくまでも占いによって決まるのです。

 

ちなみに平成の御代替わりの際に悠紀田に指名された「あきたこまち」は大変メジャーなブランドになりました。 

 

悠紀田と主基田を決める亀朴とは?

令和の斎田点定の儀は5月13日、午前10時から約40分間、皇居・宮中三殿の神殿の前庭で非公開で行われました。

 

その抽選方式とは亀ト(きぼく)といって、

 

亀の甲羅を焼いたときに生じる亀裂を見て神様の意向を占う、古式にのっとった儀式です。

 

この占いによって、2か所の田んぼが決まります。

 

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亀朴に使われる甲羅

 

宮中祭祀を担う掌典らが薄く加工されたアオウミガメの甲羅を焼き、亀卜(きぼく)を行いました。その結果。。

 

東の悠紀地方は栃木県

西の主基地方は京都府

 

そして、10月になると斎田抜穂の儀(さいでんぬきほのぎ)といって、要するに収穫が行われます。

 

天皇陛下から遣わされた抜穂使(ぬきほし)と呼ばれる方々が、祝詞を奏上したあと、収穫作業を行います。 

 

 

大嘗宮(だいじょうきゅう)の造営

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※写真引用:神社本庁ホームページ

 

大嘗祭を行うには全国から選び抜かれたお米をはじめ、様々な神饌が届きますが、それをお納めするお社が必要です。

 

なんと大嘗祭の為だけに宮殿が作られます!

 

それを大嘗宮(だいじょうきゅう)と呼び、

 

お米をお納めする悠紀殿(ゆきでん)と主基殿(すきでん)を中心とした宮殿です。

 

大嘗祭の内容

大嘗宮の儀

 

2019年11月14日(木)~15日(金)

皇居東御苑に造営された大嘗宮にて

 

新天皇陛下は念入りに御身を清められ、悠紀殿と主基殿に籠り、秘儀を行います。

 

具体的な内容は明かされていませんが、おおざっぱに解説すると、

 

お米を神様にお供えし、最後には天皇と神様がそれを食べる事によってお祭は終わります。

 

 つまり内容的には新嘗祭と同じで、その年に収穫されたお米をまず神様にお供えし、感謝を申し上げ、最後には直会をして終了。

 

しかし、大嘗祭の場合はこのお祭の為だけに大嘗宮が造営されるという点が大きく違います。

 

天皇陛下の一生に一度の大イベントであり、国民にとってもまさに一生に一度あるか無いかの大イベントなのです。

 

大饗の儀(だいきょうのぎ)

2019年11月16日~2日間

 

大饗の儀とは大嘗祭の翌日から2日間に渡って行われる直会(なおらい)のこと。

 

天皇陛下が大嘗祭に参加できなかった国民の代表とともに食事をします。

 

この時、大嘗宮の儀で神様にお供えされたお米を始め、全国から捧げられた神饌(お供えもの)が振舞われます。

 

つまり、神様のおさがりを国民と共に食することによって、同じご利益を賜り、天皇と国民との絆が深まるのです。

 

 

即位礼及び大嘗祭後神宮に親謁の儀

日程未定

 

天皇陛下の即位を祝う儀式、即位礼(そくいれい)とパレードは10月22日に予定されていますが、これは国事行為です。

 

正式な皇室のイベントとしての即位はこの時に初めて行われるのです。

 

つまり、三種の神器の継承はもちろんですが、大嘗祭を経てやっと、天皇は天皇たる資格を得るのです。

 

そして無事に即位を終えた後、伊勢神宮へのご報告に出向かれるのです。

 

 

まとめ

結局のところ、大嘗祭とは何なのか?

 

あまりに古い歴史を持っているために分かりづらい事も多いですが、天皇陛下のお仕事は祈る事

 

その祈りの中でも、五穀豊穣を祈る事が何よりも大事。

 

なぜなら天孫降臨の時代(天皇家の祖先が日本に降臨した際)、国民を飢えさせてはならないと、天照大御神の神勅を受けたからです。

 

それ以来、天皇陛下は126代に渡り、天照大御神の神勅を真摯に実行してこられました。

 

三種の神器の継承と合わせて、大嘗祭を経験することでやっと天皇としての職務を継承できるということなのでしょう。

 

つくづく皇室の伝統や日本文化というのは、古事記・日本書紀に由来しているのだという事が分かります。

 

これからもこうした歴史を勉強し、皆様にお届けできるように当ブログも精進していきます。

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

皆様に良いご縁が結ばれますように!

 

 

ご参考記事のリンク 

www.izumo-enmusubi.com

 

 

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茅の輪のくぐり方は?茅の輪は持ち帰ってもいいの?

夏を目前に控えた6月末。全国の神社で目にする光景。茅の輪(ちのわ)くぐり。

 

何となく皆がくぐるから、見よう見まねでやってますよね。ではそもそも茅の輪ってなんでしょう?その意味を知るとどういう心構えでくぐったらいいのかが分かります!

 

早速紹介していきましょう!

 

茅の輪とは何?

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茅(かや)というイネ科の植物で編んだ輪っかです。

この茅の輪を8の字状に3度くぐると穢れを祓い清める効果があり、無病息災のご利益があるとされています。

 

茅の輪のくぐり方

 

くぐりながら唱える詞は神社によって違ったりします。

 

パターン1

祓へ給へ 清め給へ 守り給へ 幸へ給へ

はらえたまえ きよめたまえ まもりたまえ さきわえたまえ

 

パターン2

水無月の名越の祓するひとは千年ちとせの命のぶといふなり~♪

 

 

呪文を唱えたり和歌を詠んだりと、神社によってルールが違います。茅の輪の周りにルールが書いてない場合は神職の方にお聞きするのも良いでしょう。

 

穢れを祓うとは!?

日常生活をしていると私たちの体には自然とケガレが溜まっていきます。

 

ケガレとは怒り、憤り、不安、恐れなど負の感情であったり、徳を積めない行動や考えであったり・・・

 

そうした穢れを清める手段として手水をとることや、祓社にお参りする、お祓いを受けるなどがありますよね。

 

そして、穢れを祓う最大のイベントが大祓(おおはらえ)です。

 

茅の輪はいつくぐる?

6月30日が夏越の大祓

12月31日が年越の大祓

 

昔は1年を前半と後半に分け、特に厳しい季節の変わり目となる夏と冬の境目に大祓を行う風習があったのでしょう。これは体調を壊しやすい時期だからこそ、無病息災を願うのにふさわしいとも言えます。

 

12月の大三十日(おおみそか)には大騒ぎなのに、6月のおおみそかにはしっとりと健康を祈るという、半分西洋的で半分日本的な感じですね。

 

どちらのお祭りにも茅の輪を出す神社もあるようですが、一般的には夏越の大祓の時の方が多いのではないでしょうか?

 

茅の輪は持ち帰ってもいい?

皆がくぐった物はダメ!

 

茅の輪の由来や意味が分からない為に、くぐった後の茅の輪をむしり取って帰る人がいる様です。

 

これは完全にNG!

だって、皆んなの穢れを受け止めてくれた茅の輪ですから、

 

それを持ち帰るということは、

穢れも一緒にテイクアウトという事!

 

ちなみに社務所で売っているものはOK!

くれぐれもお間違えない様に。。

 

 

茅の輪の由来

インドの神様、武塔天神(むとうてんじん)はある旅の途中、泊まる場所を探していました。

 

そしてとある裕福な家庭の男に泊めてもらおうとしますが、断られました。

 

そこでその裕福な男の兄である蘇民将来(そみんしょうらい)という男の家で宿泊をお願いすると、

 

貧しいのにも関わらず快くもてなしてくれました。

 

武塔天神は蘇民将来に感謝し、自身の正体を明かします。

 

武塔天神はなんと須佐之男命(すさのおのみこと)だったのです。

 

そしてこんなお告げを残します。

「疫病が流行した時は茅の輪を腰につけなさい。そうすれば疫病を免れる事ができるでしょう。」

 

 

そして蘇民将来は疫病を免れたのでした。。。

 

 

蘇民将来の神話は何を意味するのか

奈良時代以降、仏教が伝来してからというもの、日本の神様は仏様やその他外来の神様と習合していきました。

 

つまりご利益やご由緒が似ている神様を同一とみなす神仏習合という思想です。

 

スサノオはインドの神様である、武塔天神(むとうてんじん)と同一視されていました。

 

またさらに同じくインドの神様である牛頭天皇(ごずてんのう)とも同一視されていました。

 

牛頭天皇は寺を守護する神であり、一方では疫病の神様でもあります。

 

こうした関係性から、武塔天神と蘇民将来の話にスサノオと牛頭天皇がミックスされた話になっていったのでしょう。

 

 

出雲大社の茅の輪くぐり

6月30日のpm16時~20時で設置されます

神楽殿ではpm16時から大祓式が行われます。

 

大祓式は一般の方も参加可能です。神職の方と大祓祝詞を唱え、無病息災を祈ります。

 

また、この期間中設置される茅の輪は他の神社と少し違って、なぜか馬蹄の形をしています。これは神魂神社と同じ形なのも不思議。

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出雲大社の茅の輪



ちなみに同じ出雲一之宮でも熊野大社は違う形です。

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まとめ

いかがだったでしょうか?茅の輪は健康を願うお祭りということがわかっていただけましたでしょうか。

 

意味を理解して参拝すると、ご利益をいただきやすいもの。

 

健康を願うお祭りで、恋愛のお願いなどをしても神様は困ってしまいますね。

 

茅の輪のお祭りに参加して、皆んな健康に夏を迎えられるようにしましょう!

 

最後まで読んでくださってありがとうございます!

皆様にステキなご縁がありますように!

2019年の神在祭はいつから?毎年日程が違います!

10月は神無月と呼ばれ、全国的には神様がいない月とされていますよね。そんな中、出雲は神在月と言って、「全国から神様が集まってくる」という事で有名です。

 

そんなありがたい神在月に出雲大社へ参拝したい!と思うのが人情というもの。わかりますよ。そんないつかは神在月に出雲へ行きたい!と思っていらっしゃる方!

 

神在月の日程は毎年変わりますのでご注意ください!

 

そして、早めに準備することで大変お得に旅行することができます。今回はそんな情報も合わせてご紹介しますね。ぜひチェックしてみてください。

 

2019年の神在祭はいつから?

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11月6日~13日までの1週間

 

神様はこの1週間を出雲大社で滞在され、縁結びに関わる大事な大事な会議を行われるとされています。日程を間違えずに参拝し、大きな「おかげ」をいただきましょう。

 

よくある間違いとして、10月に出雲大社にお越しになり、

「あれ?何にも神事が行われていない?」

という残念な顔をしていらっしゃる方を見かけます。。出雲市民として悔しい!誰か教えてあげてよ!と思います。。くれぐれも日程にはご注意ください!

 

それでは次に、神在月に開催される大きな神事をご紹介していきますね。

 

神様の到着を知らせる神迎神事

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稲佐の浜

日程:11月6日(水) pm7:00~

開催場所:稲佐の浜

 

神様がご到着になるのをお迎えする神事。この神事は出雲大社で行われるのではなく、少し離れた稲佐の浜で行われますのでご注意ください!

 

神様は空からでも陸からでもなく、海からいらっしゃるのです。不思議ですね。太古の昔には神在月の到来を知らせるのは稲佐の浜に打ち上げられたウミヘビだったそうです。ウミヘビは出雲大社に大事にお迎えされ、龍蛇様(りゅうじゃさま)と呼ばれて大事にお祀りされます。

 

これは古くから出雲人が龍神を信仰してきたことに由来するのですが、今でも神迎神事では龍蛇様を稲佐の浜から出雲大社神楽殿へお連れします。夜間に行われるこの大行列は神秘的です。

 

この神事に参加される方は稲佐の浜から出雲大社まで約30分歩き、歩いた方だけが神楽殿の中で行われる神事に参加できます。終わるのは10時くらいになるでしょうか。寒いので防寒具を持ってご参加くださいね。神迎祭についてくわしくはこちら

 

神在祭(かみありさい)

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十九社

神様が滞在される1週間、神職の方は毎日たくさんの御供え物をしてもてなします。こうしたお祀りを神在祭と言いますが、一般の方は参加することができません。

 

神様が滞在される十九社は本殿の東西に2社あり、運が良ければ神在祭に遭遇することがあるかもしれません。しかし、写真撮影は禁止です。神職の方のお邪魔にならないように、そっと見守りましょう。

 

 

縁結大祭(えんむすびたいさい)

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日程:11月11日(月)と13日(水) am10:00~

開催場所:出雲大社 本殿

参加費:5,000円 事前申し込みが必要

 

一般の方が参加できる神事です。神様の滞在中に縁結びのご利益をいただく神事。毎年すごい人数が参加されます。

 

大体1日あたり2,000名程度が参加します。参加したい方は早めに予約しましょう。申し込み方法は出雲大社宛てにハガキで。まだ公式サイトには今年の内容は掲載されていませんが、申し込み期限があります。公式サイトが更新されたらこの記事にも追記しますね。

 

神等去出祭(からさでさい)

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日程:11月13日 pm16時~

開催場所:出雲大社 拝殿

 

宿泊されている十九社(じゅうくしゃ)から拝殿へと神様をお通しすると、神職の方の「お~」という掛け声(警蹕)とともにお帰りの時間になったことをお伝えします。まさにホテルでいうところのチェックアウトですね。

 

これにて出雲大社での神在祭は終了となります。神等去出祭について詳しくはこちら

 

神様が滞在される順番

一般的には出雲大社の神在祭が有名ですが、神在祭は実は出雲大社以外でも行われているのです。下記のようなスケジュールで神様は移動なさいます。

 

朝山神社

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10月28日(旧暦10月1日)に神迎神事

11月6日(旧暦10月10日)に神等去出神事

 

なんと出雲大社よりも早く神様をお迎えし、10日間も滞在させるのです!お仕事もなく、ゆっくりするだけ!まさにリゾートですね。

 

出雲大社 f:id:kunato38:20181031224039j:plain

11月6日(旧暦10月10日)に神迎神事

11月13日(旧暦10月17日)に神等去出神事

 

朝山神社の次が出雲大社。1週間のご滞在です。こちらでは宿泊だけでなく、会議漬けの1週間となりますので、いわゆるお仕事の期間ですね。

 

佐太神社

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11月20日に神迎神事

11月25日に神等去出神事

 

こちらは新暦でお祀りをなさいます。明治時代以前は旧暦10月18日~25日の1週間でお祀りしていたようです。ですから、出雲大社の神等去出神事が終わってすぐです。

 

この佐太神社にはイザナミのお墓があり、このイザナミは八百万の神の母神であらせられます。つまり、お仕事の後は先祖の墓参りということでしょう。

 

万九千神社(まんくせんじんじゃ)

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11月13日(旧暦10月17日)に神迎神事

11月22日(旧暦10月26日)に神等去出神事

 

万九千神社は別名を直会(なおらい)の宮と呼び、その名の通り神様をおもてなしする神社なのです。神様が各国へお帰りになる前、このお社で滞在され、大いに飲んで笑って盛り上がるのだそうです。

 

そして宴が終わった翌朝、神様がお立ちになるとき、出雲は決まって暴風雨が吹き荒れるのです。このお社のある土地を神立(かんだち)と呼び、神様が立ち去っていかれる様を静かに見守ったことが伺える地名です。

 

 

朝山神社から万久千神社までを数えると約3週間くらい滞在されていることになります。どうしても出雲大社の神事に参加できそうにない方や長期滞在で出雲を満喫したい方は、他のイベントも合わせて旅行の計画をされてもいいかもしれません。

 

 

出雲へのアクセス方法おすすめ

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出雲には新幹線が通っていない!そして高速道路も十分ではない!!となると一番頼りになるのは飛行機です。

 

最寄りの出雲縁結び空港はJAL線です。お隣の鳥取県米子市にある米子鬼太郎空港はANAです。

 

出雲空港へのチケットは55日以上前に予約すると東京羽田~出雲間が片道1万円以下で買えてしまいます。

 

 

この記事は随時更新していきます。旅行をご計画中の方はぜひチェックしてくださいね。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

皆様に良いご縁が結ばれますように!

【金刀比羅宮 出雲分社】こんぴらさんの公式末社!

こんぴらさんと言えば香川県にある有名な神社ですよね。稲荷神社や八幡宮などと同じように、全国に展開する神社の1つです。

 

そんな有名な神社はもちろん出雲にもあります。しかし、同じこんぴらさんでもちょっと違うありがたいご由緒を持っていますので、ぜひ知っていただきたい!

 

という訳で、今回ご紹介するのはこちら!

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金刀比羅宮 出雲分社(ことひらぐう いずもぶんしゃ)です!

 

金刀比羅宮 出雲分社のご由緒

明治15年 金刀比羅宮 崇敬者教会 直江支教会として発足。明治22年直江とさらに近郷の崇敬者の奉仕により社殿を建立。

 

香川県の総本宮より御分霊をお迎えし、金刀比羅宮 境外末社となりました。毎年夏の例祭には宮司代理が参向し、神饌・幣帛を奉るとあります。

 

金刀比羅宮のご祭神

大物主命(おおものぬしのみこと)

 

この神様は奈良の三輪山に祀られている龍神様です。古事記にも度々登場します。

 

この大物主命がなぜかこの金刀比羅宮に祀られるようになったのかというと・・・謎なんです。

 

この謎を解くための考察はこちらの記事をご参照ください

www.izumo-enmusubi.com

 

なぜこんぴらさんと呼ばれるのか?

これは奈良時代~平安時代の神仏習合の影響なのです。神仏習合とは似たようなストーリーやご神徳を持ったもの仏様と神様を同一の存在とみなす思想です。

 

 例えば須佐之男命と牛頭天王、大国主命と大黒天、事代主命と恵比寿などがそうです。

 

金毘羅とは梵語でクンビーラと読み、もともとはインドの水神です。ガンジス川の女神の乗り物であるワニを神格化したのだそうです。乗り物=船ということで、日本では水運の神様となったのでしょう。

 

この神は雨や遭難から守ってくれる金刀比羅大権現として仏教に取り入れられ、日本に伝わったときには、日本にワニはいなかったため、龍神と同一視されたようです。

 

さらに神仏習合の時代には龍神とは大物主であるとされ、このことから大物主命はこんぴらというお名前になったのです。

 

金刀比羅宮の正式分社

全国に約600社あるとされるこんぴらさんをお祀りする神社。そんな中でも香川県の金刀比羅宮から正式に御分霊をお迎えした神社はたったの6社。

 

その正式な6分社とは・・・

  1. 出雲分社(島根県)
  2. 神戸分社(兵庫県)
  3. 松山分社(愛媛県)
  4. 尾張分社(名古屋)
  5. 鳥羽分社(三重県)
  6. 東京分社(東京都)

これらを地図上に配置してみると・・・

 

 

出雲分社以外は全て太平洋岸に位置していることが分かります。やはり水運の神様ですから、瀬戸内海から船で行ける範囲に鎮座しているのでしょうか。

 

大物主の伝説には、大国主の和魂として降臨し国づくりに力を貸したというものがあります。その際、大物主は海の向こうから光り輝く姿で降臨したのですが、あえてそういった伝承を伝えるという事は、瀬戸内海の向こうに鎮座する大物主を意識する信仰が出雲にあったということでしょうか?

この謎は引き続き追いかけていきたいと思います。

 

 

金刀比羅宮 出雲分社へのアクセス 

JR直江駅から東へ1.7kmです。タクシーで4分、歩くと20分程度です。

出雲大社からは15㎞、車で約25分です。 

 

 

まとめ

全国に数ある金刀比羅宮。その中でも正式分社6社の内に数えられるほどメジャーな出雲分社。地元の篤い信仰が伺えます。

 

出雲大社に御参拝の際はぜひお立ち寄りください。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

皆様に良いご縁が結ばれますように!

 

こんぴらさんとか金刀比羅さんって何ですか?

日本全国、色々なところにあるこんぴらさん。例えば金刀比羅神社、金刀比羅神社とかいう名前で見かけますよね?

 

神社なのか、お寺なのか、その存在も謎に満ちていて良くわかりにくい信仰であるのに、親しみやすいこんぴらさんという呼び名です。

 

そんな身近にいらっしゃる神様について、今回は解説してみます。

 

こんぴらさんとは何ですか?

讃岐国(香川県)の琴平町にある金刀比羅宮(ことひらぐう)を通称こんぴらさんと呼び、全国にあるこんぴらさんの総本宮がこちらです。

 

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古くから瀬戸内海を走る船の目印として機能していたそうです。つまり灯台のような役割でしょう。

 

このことから海運の神様として信仰を集めていたそうです。金刀比羅宮といえばかなりの石段を上がっていく、山の上にあるイメージですよね。

 

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現代では金刀比羅宮は内陸部にあるのですが、古代では神社のすぐ近くが海岸線だったようです。

 

こんぴらさんの御祭神

大物主命(おおものぬしのみこと)

 

この神様は奈良の三輪山に祀られている龍神様です。古事記にも度々登場します。

 

この大物主命がなぜかこの金刀比羅宮に祀られるようになったのかというと・・・謎なんです。

 

この謎を解くためのヒントになりそうなものをご紹介します。つまり大物主命とはどんな神様なのか、大物主命にまつわるストーリーを見てみましょう。

 

大国主命が国づくりに悩んでいた時に降臨

海の向こうから光り輝く姿で降臨し、「我を三輪山に祀れば国づくりはうまくいく」とお告げになりました。大国主命はこの神様を三輪山にお祀りしました。

 

また、大物主命は自身のことをこう名乗っています。

「我はそなた(大国主)の和魂(にぎみたま)である」

つまり、元をたどれば大国主の霊体の一部であり、これを取り戻したことによって大国主命はさらなる力を発揮できたという事なのでしょう。

 

第7代 孝霊天皇の時代

三輪山に伝わる伝承によると、孝霊天皇の娘である倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)のもとに、毎晩訪ねてくる殿方がいらっしゃった。

 

毎朝明け方には姿を消してしまうため、ある夜に姿を見せて欲しいとお願いすると、なんとその殿方の正体は蛇であった!

 

そしてその蛇は三輪山へと帰っていったというのです。。

 

 第10代 崇神天皇の時代

崇神天皇の御代、大和国には天災や疫病が大流行。この不幸な現象がなぜ起きているのかを示す重大なイベントが起きます。なんと天皇の夢に大物主が登場。

「この混乱の原因は私である。大田田根子という男に私のお祀り事をさせなさい」とお告げになります。

 つまり、お祀りの仕方について細かな指図をなさっているのですね。祀り方を間違えれば祟るということでしょう。

 

この3つのストーリーから見えるものは、

  1. 偉大な祟り神様である
  2. 大物主命は蛇神(龍体)である

 

そして海の向こうからやってきたという事は、出雲から見たときに、瀬戸内海の方角を向けば、この金刀比羅宮の方角という事になるのでしょう。

 

 

 

こんぴらさんから出雲に降臨した大物主命を三輪山にお祀りした。これは凄い移動距離ですね。 

 

 

なぜこんぴらと呼ぶようになったのか?

これは奈良時代~平安時代の神仏習合の影響なのです。神仏習合とは似たようなストーリーやご神徳を持ったもの仏様と神様を同一の存在とみなす思想です。

 

 例えば須佐之男命と牛頭天王、大国主命と大黒天、事代主命と恵比寿などがそうです。

 

金毘羅(クンビーラ)との習合

 金毘羅とは梵語でクンビーラと読み、もともとはインドの水神です。ガンジス川の女神の乗り物であるワニを神格化したのだそうです。乗り物=船ということで、日本では水運の神様となったのでしょう。

 

この神は雨や遭難から守ってくれる金刀比羅大権現として仏教に取り入れられ、日本に伝わったときには、日本にワニはいなかったため、龍神と同一視されたようです。

 

さらに神仏習合の時代には龍神とは大物主であるとされ、このことから大物主命はこんぴらというお名前になったのです。

 

 こんぴら信仰は全国へ

もともと水運の要所であった金刀比羅宮ですから、遠方から来た船にはたいへん有名でした。

 

〇の中に「金」の文字を入れたグッズは江戸時代からあるそうで、船乗りたちがこうしたお授け品を持ち帰ると、全国から金刀比羅宮へ参拝するようになったそうです。その人気ぶりは伊勢神宮にも迫るものだったとか。

 

今でも全国に金刀比羅神社が残っていますが、恐らく船あるところにこんぴらさんという信仰だったのではないでしょうか?つまり、川沿いか海沿いにはこんぴらさんという感じです。

 

現代では水辺では無い場所にあるこんぴらさんは、昔の地図を見るともしかして水辺が広がっていた場所なのかもしれませんね。。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます!

皆様に素敵なご縁が結ばれますように!

 

【来待神社】大神神社から来た神をお祀りする神社

出雲大社から東へ32km。

出雲大社に祀られている大国主命に関係の深い神様がいらっしゃいます。その神社は来待神社。

 

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こんな坂道を上がっていくと。。。

 

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突如として現れる三社造りの大きな神社です。

 

来待神社のご祭神

中央殿

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大物主櫛御霊命(おおものぬしくしみたま)

 

古事記によるとこの神様は大国主の幸魂(さきみたま)、奇魂(くしみたま)であると言われ、簡単に言うと大国主命の分霊です。

 

大国主命が出雲の国づくりに悩んでおられたとき、海の向こうから光り輝く神が突如として降臨し、「我を三輪山に祀れば国づくりはうまくいく」との託宣を受けたのです。

 

そして大国主命はこの神を三輪山に祀り、無事に出雲の国を平定したのでした。。。

 

 

左殿

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積羽八重事代主命(つみはやえことしろぬし)

 

この神様は大国主命の御子ですね。国ゆずりの際、平和に交渉を運んだ神様です。

 

 

右殿

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五十猛命(いそたける)

 

この神様はスサノオの御子です。植林を行った事でも有名な神様ですが、古事記によるとスサノオは大国主命の祖先神という事になっていますので、この五十猛命も御親族という事になります。

 

 

来待神社のご由緒

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中央殿にお祀りされている大物主命は大和の三輪山にいらっしゃる神です。第10代崇神天皇の御代に大三輪からこの地へお迎えしたのだとされています。

 

そして、大物主命が「来るのを待った」というところから、この地を来待(きまち)と呼ぶのだそうです。地名や神社の名前になるほど、大物主命の到着を心待ちにしていたのでしょうか?

 

祟る三輪山の神様

三輪山といえば蛇神様であり、お酒の神様であり、祟る事でも有名。

第10代 崇神天皇の御代では天変地異や疫病が流行り世の中は混乱していました。ある日、天皇の夢に大物主が現れ、「大田田根子(おおたたねこ)という男に私を祀らせなさい」と託宣が下ったのです。

 

崇神天皇がその夢の通りに三輪山にお祀りすると、混乱は治まったのでした。。

 

出雲の神様をないがしろにすると祟るというのは、第11代垂仁天皇の御代にも現れています。。このことからも大和国は出雲国に対して特別な配慮があったことが伺えます。

 

来待神社へのアクセス

最寄り駅である来待駅からは4km程度あり、歩いていくと40分くらいかかってしまいます。駅からはタクシーかレンタカーをご利用になると便利です。

 

来待駅は無人ですので、むしろ出雲市駅か松江駅周辺でレンタカーを借りる方が安心です。

 

 

 

絵馬の書き方とは?の答えと豆知識!

神社に参拝すると見かける絵馬(えま)

 

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日本人ならば小さいころから目にしていて、知らない人はいないものの、こう尋ねられると困るのではないでしょうか。

 

絵馬って、何?

 

多くの大人が困ってしまう質問ですね。何かは分からないけど、お願い事を書いたら叶えて貰えるんだよ。

 

え?お賽銭をあげて拝むのと何が違うの?

 

子どもの容赦ない質問攻めに困らないように、学んでおきましょうか・・・

 

絵馬の書き方

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綺麗な絵柄が書いてあるものがほとんど。裏側に絵柄や装飾は無く、お願い事は裏側に書くものです。間違っても絵柄の書いてある方に落書きとかしないようにお願いします。。

 

書き方に決まりはありませんが、強いて言うなら、絵馬本来の意味を理解して書くと良いです。そしてお願い事をする場合は欲張らずに1つにする。

 

(例文)

奉納 
合格祈願 

一年間頑張ってきた受験勉強が成就し、○○大学に合格しますように!
住所・氏名

 

絵柄が書いてある方(表面)に奉納と書いてある場合は、裏面に奉納と書くのを割愛してもよいでしょう。

それではどうしてこのように書くのかを順番に解説しますね!

 

絵馬のルーツとは!?

どうして先ほどの例文のような書き方になるのかというと、理由は3つあります。それぞれを理解していただくと、願い事が叶う絵馬の書き方が分かっていただけると思います!

 

理由1)馬は神様に奉納されていた

そもそも馬とは神様に使える神聖な動物と考えられていたようで、崇敬神社には生きている馬を奉納する慣習があったようです。しかし馬を奉納し続ける事は一般大衆にとっては至難の業。

 

そこで奈良時代くらいから登場し始めたのが木彫りの馬や、描かれた馬だったのです。このレプリカや絵画を奉納するという行為は、一般大衆でも比較的簡単に行えたことから、様々な装飾をされた美しい絵馬が誕生していきます。

 

絵馬を飾る絵馬殿(えまでん)なる建物が境内に建てられた神社もあるくらい、多様で美術的に価値の高い絵馬もあったようです。

 

この由来からわかる通り、絵馬とは奉納するものなのです。価値の高いものを差し出す事でおかげをいただくという考え方なのですね。

 

ですから願い事はあくまでもついでのこと。欲張らないことが大事なのです。

 

理由2)自分が何者なのかを明らかにする

お祓いの時に読み上げられる祝詞も、必ず住所氏名を読み上げられるのと同じです。神様にお願い事を聞いていただくためには、まずは自分が何者なのかを明らかにする必要があります。

 

また、奉納という観点からも誰がどんなものを贈ったのか、という事を明らかにしないと意味がありませんよね。

 

 理由3)自分の決意や頑張りも合わせて書く

お願い事だけを申し述べるのでは成就する確率は低いですよね。だって神社って感謝を届ける場所ですから!

 

すでに多くのものをいただいているという事に感謝をしつつ、日ごろの頑張りに後押しをいただけるようにお願いしましょう。自分なりの一歩を踏み出している願いこそ、叶いやすいのではないでしょうか?

 

絵馬代を払ったんだから、お金の分だけ願いを叶えてよという考え方は日本人らしくありませんね。まあ、そんな人はいないかもしれませんが。。

 

 

絵馬誕生の地「貴船神社」

現代の絵馬の形を作ったのは京都の貴船神社だとされています。

貴船神社のご祭神は高龗神(たかおかみ)といって、水の神様です。

 

雨を司る貴船神社は、雨を降らせてほしいとき、止めて欲しいとき、神様にお願いするために馬が奉納されたと言います。

 

雨を降らせて欲しいときには赤馬

雨を止めて欲しいときには白馬か黒馬

 

しかし生きた馬を奉納できないときには、馬型の板に色を塗った板立馬(いたたてうま)を奉納したとされ、これが絵馬の原型だったのだと言われています。

 

稲作が盛んに行われてきた日本では、雨を司る水の神様への信仰は絶大。貴船神社はあっという間に全国に祀られるようになりました。そして絵馬の風習も伝播していったのでしょう。

 

 

まとめ

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いかがでしたでしょうか?絵馬の書き方も、絵馬のルーツを知ったうえで書くと理に適った書き方ができますよね?しかも一緒に参拝した誰かに教えてあげれば話題にもなりますよね。

 

神社の境内には歴史に裏付けされた楽しい話題がいっぱい!

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

皆様に良いご縁が結ばれますように!

 

【阿陀加夜神社】日本三大船神事ホーランエンヤの神社

出雲大社から東へ54km。松江城との縁の深い神社があります。

 

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その名も阿太加夜神社(あだかやじんじゃ)

 

御祭神も謎ですが、立地も、神事も全てミステリアス。謎解きのお好きな方にはぜひご参拝いただきたい神社です。

 

阿太加夜神社の御祭神

阿太加夜神社の御祭神はたくさんいらっしゃいます。

  1. 阿太加夜奴志多伎喜比売(アダカヤヌシタキキヒメ)
  2. 国底立命(クニノソコタチ)
  3. 須佐之男命(スサノオ)
  4. 淤母陀流命(オモダル)

それぞれが大変なミステリアスぶりなので、見出しを分けてご紹介しますね。

 

阿太加夜奴志多岐喜比売

あだかやぬしたききひめ

 

神社のご由緒によると、大穴牟遅神(おおなむじ)の御子とあり、これはつまり大国主命の娘という意味になります。これは出雲風土記に記述された内容と一致します。

 

候補となる大国主命の娘とは!?

古事記・日本書紀によると下照姫(シタテルヒメ)しかいません。あとは息子たちばかり。。

 

この神社がある土地は、「アダカヤ」という名前なのですが、その地名由来となった神様です。そして、「タキキ」という部分が「多岐来」だとすると、この神は多岐という土地から来たのだということを示しています。

 

タキという地名は出雲大社の西に「多伎町」という名前で実在します。その多伎町には多伎神社があります。この多伎神社の御祭神もなんと阿太加夜奴志多岐喜比売なんです!しかし、この神社のご由緒はさらなるミステリーを生んでしまうのですが・・・それはまた多伎神社の記事でご紹介しますね。。

 

国底立命

 クニノソコタチというお名前は古事記にも日本書紀にも出雲風土記にも登場しません。完全に謎の神様。

 

まだ宇宙ができて、地球が出来たばかりのころ、イザナギ・イザナミが生まれるずっと前の世界に天地創造の神様がいらっしゃった時代。地球創生に関わった神様が誕生していきます。

 

宇宙に回転運動が生まれ、星が巡り、地球にも公転から自転へ運動が伝わっていき、海が生まれ、空(大気)が生まれ、命が誕生していきました。

この流れを示すかのような神様が次のような方々です。

  1. 天之御中主神
  2. 高御產巣日神
  3. 神產巣日神
  4. 宇摩志阿斯訶備比古遲神
  5. 天之常立神
  6. 國之常立神
  7. 豐雲野神

 これらの神様は古事記に見える、天地創造に関係している神様とされています。しかしよく見ると天之常立神(あめのとこたち)や国之常立神(くにのとこたち)はいらっしゃるのですが、「底立」という表現は見えません。

 

もしかすると底立というのは常立に対になる言葉なのかもしれません。表と裏、あるいは陰と陽の関係性があるのかもしれません。どんなお役目を持っていらっしゃるのかは図り知れません。。。

 

淤母陀流

オモダルという神様はイザナギ・イザナミよりも前に生まれた男女ペアの神の男の方。ちなみにペアの女神は阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)と言います。

 

なんと一番最初にお生まれになった男女ペアの神様はイザナギ・イザナミかと思いきや、実は一番最後に誕生した男女ペアなのです。

  1. 宇比地邇神・須比智邇神
  2. 角杙神・活杙神
  3. 意富斗能地神・ 大斗乃弁神
  4. 淤母陀琉神 ・阿夜訶志古泥神
  5. 伊邪那岐神・伊邪那美神

という感じでイザナギ・イザナミは5番目に誕生しているのですね。そしてなぜオモダルだけをこの神社に祀ったのかは謎。オモは面と捉え、「面が足る」つまり見た目が整っているという解釈をする説があります。こういう解釈の仕方で1~5の神様を読み解くと・・・

 

うひじに・・・最初の粘土

つぬぐい・・・杭のように固まりはじめた

おおとのじ・・・完全に男性となった

おもだる・・・顔が整った

いざなぎ・・・誘いあった(愛し合った)

 

というように男女が子をなすための準備が整っていった過程の神様たちと表現されています。それにしてもなぜオモダルをお祀りしたのかは謎ですが、阿陀加夜主様が非常に美人だったという事が由来しているのでしょうか?

 

阿陀加夜神社の境内

ご本殿

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出雲系神社に多い大社造、千木は男千木、本殿が向いている方角は東です。ご神紋は二十亀甲に有の文字。これは神魂神社(かもすじんじゃ)のご神紋と一致します。

 

雨風神社

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祭神

奥津彦命(おきつひこ)・奥津姫命(おきつひめ)

級長津彦命(しなつひこ)・級長津姫命(しなつひめ)

 

奥津彦とは火の神様、級長津彦とは風の神様。合わせて雨風とする名称には?ですが。。。

 

稲荷神社

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祭神

宇迦之魂命(うかのみたま)

 

荒神

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出雲地方特有の信仰。木に藁を巻き付けて作る荒神様。こちらの荒神様は完全に龍です。

 

兵庫神社

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祭神

松岡兵庫頭(まつおかひょうごのかみ)

 

この神様は江戸時代に阿陀加夜神社の神主だった方。非常に霊力が強く、松江城主の堀尾氏から、後に城主となった松平氏にも非常に篤く信仰されていたのだとか。この兵庫氏の活躍が、あの有名な神事につながっていきます。

 

 

特殊神事「ホーランエンヤ」

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日本三大船神事の1つに数えられ、10年に一度しか行われない一大イベント!

松江城に鎮座する城山稲荷神社のご神霊を阿陀加夜神社に遷座し、1週間丁重にお祀りした後、城山稲荷神社にお戻しするという神事です。

 

つまり城を守る稲荷神のパワーアップを図るものと推察されます。大事な大事なご神霊を守るため、地元の漁師たちは大船団を組織してその船頭を務め、神事の無事をお守りしたのだとか。依頼370年に渡って現代まで引き継がれています。

 

なぜわざわざ阿陀加神社までお出かけになるのか?

それは初代松江城主、堀尾氏が築城する際、何度積み上げても石垣が崩れ怪我人が続出。そこで霊験あらたかな阿陀加神社宮司である兵庫氏に祈祷を頼んだところ、無事に石垣は積み上がり築城は完成したのだそうです。

 

その後、堀尾氏に代わって松平氏が松江城主になった際、信仰の篤かった稲荷神社を松江城内に勧請。五穀豊穣を祈願していたものの、松平入城10年後の節目に当たる年に松江は大変な不作を迎えてしまいます。これを問題視した松平城主は稲荷神社のお祀りを阿陀加神社の兵庫宮司に委託。見事に不作は解消したのだそうです。

 

それ以来10年ごとに松江城山稲荷神社のお祀りを阿陀加神社が行うようになったのです。

 

ホーランエンヤとは謎の呼び名ですが、船上で唄われる櫂かきの掛け合いの音頭という説があります。

 

古くは、音頭取りの「ホーラ」の掛け声に、櫂かきが「エンヤ」と声を合わせて櫂を漕いだのです。漢字表記すると、「豊来栄弥」「宝来遠弥」なのだそうです。

 

 

まとめ

細かい説明をしていくと何が何だかわからないことになりますね。大雑把にとらえると松江城との密接な関係がある神社で、江戸時代には政治的にも祭司的にも大変な影響力を持っていた神社だと言えます。

 

出雲風土記を知らないとご祭神が誰なのかも分からないマニアックぶり。さすが出雲地方の神社。。

 

私にとっては興味をそそられる点が盛りだくさん!笑

アダカヤヌシ様がどんな神様なのかも今後取材していきます!興味のある方は続編にご期待を・・?

 

最後まで読んでくださってありがとうございます!

皆様に素敵なご縁が結ばれますように!

 

 

祝詞とは何ですか?オトナなら知っておきたい言葉のチカラ

神社でお祓いをしてもらうとき、または何かの神事にちょうど居合わせた時などに、神職の方が唱えている言葉に聞き入ったことはありませんか?

 

七五三や厄年の時など、誰もが一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?そんな神職の方が唱えている呪文のようなものを祝詞(のりと)と呼びます。

 

知らなくても問題ないのですが、オトナとして知っておくと子供や海外の方に聞かれたときに「なるほど!日本てすごいね!」となりますので、ぜひ知っておきましょう!

 

 

祝詞の定義

まず、祝詞というのはどういう言葉なのでしょうか?神社のことなら神社本庁の見解を見てみましょう。

 

祝詞とは、祭典に奉仕する神職が神様に奏上する言葉であり、その内容は神饌・幣帛へいはくを供えて、御神徳に対する称辞たたえごとを奏し、新たな恩頼みたまのふゆを祈願するというのが一般的な形といえます。

※引用:神社本庁ホームページ

 

はい。よくわかりませんよね。。

つまり、お供え物やお飾り物をした上で、神様のお力を称え、そのお力に沿ったお願いを申し上げることなんです。

 

うやうやしく、お願い事をしまーす。ということなんですね。

 

ただお願い事をしているだけではありません。神様が成し遂げられたこと、偉大な功績を称える言葉を申し上げてからということになっているので、神様をいい気分にさせてからお願い事を申し上げるという感じでしょうか。

 

偉い先生に対する接し方と似てますね。

 

 

祝詞の種類

色々とある祝詞を全て覚えるのは難しいので、代表的なものだけをご紹介します。一般的なお祓いなどの神事で唱えられる祝詞はこの2つです!

 

  1. 祓詞(はらえことば)
  2. 大祓詞(おおはらえことば)

 

祝詞とはどんなことを唱えている?

ここでは祓詞の原文を読んでみましょう。

 

掛けまくも畏き

(かけまくもかしこき)
伊邪那岐大神

(いざなぎのおほかみ)
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に

(つくしのひむかのたちばなのをどのあはぎはらに)
禊ぎ祓へ給ひし時に

(みそぎはらへたまひしときに)
生り坐せる祓戸の大神等

(なりませるはらへどのおほかみたち)
諸々の禍事・罪・穢

(もろもろのまがごとつみけがれ)
有らむをば

(あらむをば)
祓へ給ひ清め給へと

(はらへたまひきよめたまへと)
白すことを聞こし召せと

(まをすことをきこしめせと)
恐み恐みも白す

(かしこみかしこみもまをす)

 

(現代語訳)

偉大なるイザナギの大神様が筑紫の浜で禊(みそぎ)をなさったときに生まれたお祓いの神様たちよ!

 

色々な悪いこと、穢れ(けがれ)があれば、お願いですからお清めください!お祓いください!

 

と、恐れ多くも申し上げます。。という意味です。

ちなみに大祓詞ではそのお祓いの神様の名前を申し上げ、具体的にどんなことをなさる神様なのかを説明・称賛しているのです。

 

お祓いの段取りと言霊信仰

まずはお祓いを受ける方の住所氏名を神職の方にお伝えします。神職の方は次にお酒などのお供え物(神饌)をします。

 

神様の前で伏して礼をした後、大きな声で祓詞を奏上し始めます。

そして参列者の住所氏名を読み上げ、再度お願い事を繰り返します。

 

具体的に「誰が、どんな神様に、どうして欲しいのか」を申し上げるわけです。これは言葉に力があると信じているからですね。

 

神様の前で自らの情報を明らかにし(名乗り)、そのうえでどうなりたいかを宣言する。これは言葉にしたことが本当になる、言葉にはそういう力があると信じているから。

 

こうした言葉に力が宿ることを言霊(ことだま)と言うように、日本語には口にするだけで確かな力が存在しているということです。ですから、不吉な言葉を口にしないという昔からの風習も、こうした祝詞のような言霊に由来した信仰なんですね。

 

祝詞の起源

大祓詞のことを中臣祓(なかとみはらえ)という別名で呼ぶこともあるように、元々は中臣氏が奏上していた詞なんです。

 

中臣氏は藤原氏につながっていき、平安の世では栄華を極めた権力者ですね。祖先をたどると天児屋命(あめのこやねのみこと)にルーツを持ちます。

 

アメノコヤネとはアマテラスがお引きこもりになった神話「天の岩戸神話」に登場する神様ですね。アマテラスが岩戸にお隠れになって世界が真っ暗になってしまったとき、八百万の神様はアマテラスを岩戸から出すために色々なお祭りごとをなさいます。

 

その祭りごとの開会宣言としてアメノコヤネが申し述べたのがこの祝詞だとされています。この時からお祭りごとの最初は祝詞で始まるという事になったんですね。

 

詳しくは天の岩戸神話の記事をご覧ください。
www.izumo-enmusubi.com

 

 

まとめ

いかがでしょうか?

確かに知らなくても生活に支障はありませんが、祝詞で申し述べられていることの意味が分かると、お祓いを受けている最中に神職の方と同じ気持ちで神様に接することができますよね。

 

知ってた方がお得だと思いませんか?そして同席した人たちに、こんな意味だよ~とお伝えできるなんて、素敵なオトナだと思います。ぜひご参考になさってくださいね。

 

最後まで読んでくださって、ありがとうございます!

皆様に素敵なご縁が結ばれますように!

 

 

【福乃和】出雲大社に伝わる伝統のうず煮をお土産に!

出雲大社の参道前に広がる神門通り商店街。色んなお土産屋さんがありますよね。

 

その中でも出雲大社とのご縁を持ち帰りたいとお考えのあなたにぴったりなお店をご紹介します。

 

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それが福乃和(ふくのわ)です。

もうお店の名前からしてありがたい感じ!

 

出雲大社の伝統料理【うず煮】

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※画像引用:公式サイト

 

うず煮とは、いわゆるフグを使ったお茶漬けのような食べ物。

 

フグのアラから出汁をとって、かんぴょう、しいたけと共にフグの身がふんだんに入っています。スープにはとろみがついているのでご飯が沈みません。

 

つまり、沈まない、上向き調子ということですね!フグを福と呼ぶこともありますから、まさに縁起の良い食べ物!

 

出雲大社の祭祀を取り仕切る出雲国造(つまり宮司家)では、正月をお祝いする福神祭の時、お祀りに参加した人々に料理を振る舞うのだそうです。

 

福神祭とは旧暦正月(2月)に行われる、いわゆるカウントダウンパーティーですね。非常に寒い時期に行われるため、温かくて縁起の良いものという想いで作られたのでしょう。

 

うず煮のレトルトパック

そんなありがたいうず煮を食べやすいレトルトパックにて販売されています。

 

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一人前864円でした。

 

おふく焼き

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まだまだある福乃和の美味しいメニュー!ふぐをモチーフにした可愛いおふく焼き!

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店頭で焼きたてを食べることができますよ!神門通りを歩きながら食べてもいいですが、

 

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店内のイートインコーナーで食べるのもおススメです!テラス席は開放的で、ゆっくりできますよ!

 

まとめ

出雲大社に伝統的に伝わるおもてなし料理、うず煮!それをお土産に最適なレトルトにしてしまうとは驚きです。

 

実はこの福乃和さん、地元では有名な和田珍味という会社が運営していらっしゃいます。ふぐの一夜干しなど、海産物系の贈答品には定評があります。うず煮以外も物色してみると、面白いですよ!

 

最後まで読んでくださってありがとうございます!皆さんに良いご縁が結ばれますように!